ピラティスは、一人の病弱な少年の切実な思いが起源となって生まれました。 今から100年以上前、ドイツ人の少年が自らの病弱な体質を克服し、 さらに、多くの人の健康に役に立ちたいという熱意を抱きました。 それが、ピラティスという画期的なプログラムの発祥につながりました。

ジョセフ・ピラティス

ピラティスの創始者は、ドイツ人のジョセフ・ピラティス氏です。 1883年に生まれた彼は、子供のころから病気がちでした。 ぜん息やリウマチを患ったほか、 骨が曲がったりする「くる病」にもかかりました。 そして、少年時代に自分の一生を「強い体づくり」のために捧げる決心をしたといいます。

トレーニングに励む

ピラティス氏の父親は製鉄の労働者で、器械体操が大好きだったそうで、 その父親の助けもあって、ボディビルや柔術、ボクシングなどに励みます。

姿勢や呼吸に早くから注目

様々なトレーニングをこなしながら、 自分の体が丈夫になるにはどうすればいいのか、 常に思考していたといいます。 そうしたなかで、「悪い姿勢」や「浅い呼吸」といったライフスタイルが健康上の問題を引き起こすということに、早くから注目したようです。

独自のプログラムの開発

1912年にイギリスに転居したピラティス氏は、プロボクサーなどとして収入を得るとともに、警察学校で護身術の指導にあたります。 第一次世界大戦が勃発して英独が敵国になると、英政府によって抑留されてしまいますが、それでも活動が滞ることはありませんでした。 収容所で他の抑留者にレスリングなどを指導するとともに、独自の健康法の開発を続けます。

機械「リフォーマ」

負傷した兵士たちのリハビリのために、ベッドにバネをつけて寝たままトレーニングができる機械「リフォーマ」も考案しました。

アメリカへ

大戦後にドイツに帰国したピラティス氏は、 母国のダンサーらと協力し、開発を進めます。 こうして出来上がってきたメソッドをひっさげて、 当時、成長が著しかったアメリカへと渡ります。 1925年のことです。 米国行きの船の上で、後に妻となる女性クララと出会います。 2人はニューヨークで独自の療法を教えるスタジオを開設しました。

ダンサーから強い支持

ピラティスのトレーニング法は、ニューヨークのダンサーやバレリーナに強い支持を受けます。 ダンスにはケガがつきものですが、ピラティスはその防止に役立ちました。 有名なダンサーたちが次々と訪れ、その技術を自らのトレーニングに取り入れるようになったのです。

スポーツ選手や女優

さらに、ピラティスはニューヨークの一般女性にも人気を博します。 そこから全米へと普及し、 スポーツ選手やハリウッドの女優、モデルらにも実践者が増えました。 やがて世界中に広まり、日本でも多くのスポーツジム等でピラティスのレッスンが行われています。